のらりくらり日常日記

子育て記録、すきなもの、日記、思い出など。ただただ書くだけ。

一番すきな酸辣湯麺のお店

 

 

東京・京橋にある「雪園」。ここの酸辣湯麺は、週替わりメニューの一つ。毎回あるわけではないというイケずなシロモノで、今週はやっているときいて久しぶりの入店。

 

r.gnavi.co.jp

この店はいつも混んでる。12時過ぎにきたら大抵30分待ち。穴場としては11時半くらいに行くか、13時過ぎに行くとスムーズに入れる(相席の可能性大)。今日は12時20分に来てしまったため、20分待ち・・・・・・。

 

f:id:stimpy0106:20170921163930j:plainサラダとザーサイとデザート(タピオカミルク)がついて1,030円

ううん、絶品。他のメニューも食べてみたいけれども、いつも酸辣湯麺を頼んでしまう。濃厚すぎないスープと焦がしたニンニク?のようなものと硬めの麺の絡み、最高!

麺を食べ終わった後、ライスを頼みたくなる庶民派。

冬場は牡蠣の入った麺みたいなメニューがあるらしいので、今年はトライしたいな〜。

 

明星 飲茶三昧Special赤坂榮林酸辣春雨 29g×6個

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強く優しかったおばあちゃん

私のおばあちゃんは大正生まれ。第二次大戦中は、満州から日本へ帰国した。当時のエピソードはどの小説よりも深く重いもので、一緒に住んでいたので日々よく聞かされていた。

そんなおばあちゃんは、とにかく強かった。

何よりも正しいことをするように私を指導し、一方で戦中育ちとは思えないほど中庸的な考えをする人だった。当時珍しいであろう、大学にも通い、会社勤めをして、私の母やおじさんを育てていた。また、銀座が好きで、よくデパートに連れて行ってくれた。化粧や身だしなみにこだわり、淡谷のり子ばりの髪色に変えたり“ハイカラ”なおばあちゃん。

私はよく、おばあちゃんに怒られた。

夏休みの宿題の算数を電卓を使って計算をして叩かれた。

ピアノの練習がうまくいかず、手を叩かれ、ケンカになり、家出して大騒動になった。

学校に行きたくなく(伊集院の深夜ラジオを聞いていて眠かった)仮病をつかったところ、布団越しに叩かれた。

怒られた思い出は数えきれず。つくづく、ダメな子どもだった。おばあちゃんからしたら、なんてこの孫は手がかかるんだろう、と思っていたのではないだろうか。娘である、母よりも手がかかったと思う。「勉強し、大学に行け。自立するように」よくそういうようなことをいっていた。

小学生のころバブルがはじけその後も景気は悪く、例にも漏れずわが家も困窮。そのような状況でも「大学には行け」そう言っていた。やりたいことがなければ、行く意味はないと思っていたが、運良く私には大学に行きやりたい職業につく目標があった。それでも勉強スタートしたのは高校2年生の春からという遅いスタートだった。

通っていた塾で、すごく尊敬する教授の授業で人生観が変わって、滑り止めでその教授の大学を受けることにした。いよいよ受験のシーズン。第一志望〜第三志望の試験の週、重い風邪をひいた。ぜんそくの発作もでていた。おばあちゃんは、絶望していた顔をしていた。だが、「がんばれ!」そういって、受験当日は私の好きなお弁当を用意してくれた。試験を終えて帰宅すると、私が大好きなしゃぶしゃぶを用意してくれていた。

合格発表の日は全て具合が悪かったので、おばあちゃんが見に行ってくれた(母が行くと落ちるというジンクスがあった)。滑り止めの大学だけ、合格。泣いて喜んでいた。

 

それから数週間後、おばあちゃんはお風呂で倒れ、そのまま数日経って旅立ってしまった。倒れる前日私は友達の家に泊まり、夜帰宅。最後の会話は、お風呂に入る前。「ただいま、ご飯はなに?」。後日、「末の孫がやっと大学には入れた。嬉しい」といろんな知り合いに連絡していたと聞いた。泣いた。何もかも急すぎて、沢山泣いて、後悔ばかり沢山してた。

それから大学にも慣れた数ヶ月後、風邪を引いて寝込んでいた。その時に見た夢。おばあちゃんが部屋をノックし、部屋に入って、昔のようにおでこに冷たいしわしわの分厚い手を当ててくれ、出て行った。起きて、また泣いた。それからしばらくは、何かあると夢に出て来ていた。夢の中ではおばあちゃんは“生きている”という認識だった。自分の願望だったのだろうが、それでも癒されていた。

それから数年経ったあるとき、また夢に。家の台所に居て、裏の勝手口からおばあちゃんとさらにその当時死んだばかりの犬も一緒に入ってきた。その時は“もうおばあちゃんはいない”、そういう意識に変わっていた。「もう、大丈夫だよ。私」そう声をかけた。おばあちゃんの表情は笑っていたかホッとしていたかわからない。そして、裏口からどこかに行ってしまった、そんな夢。

“母”となった今、おばあちゃんのように厳しさと優しさを兼ね備えた“人間”になりたいが、一朝一夕ではいかないということを、日々日々痛感している。

今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」

夏の終わりに熱中症になった母

連休台風が去った敬老の日、またもや国営ひたちなか海浜公園へ行った。

 

stimpy0106.hatenablog.com

 

朝、洗濯物を干すとき、今日は暑くなるなあ・・・・・・気をつけよう。と思っていたにも関わらず、見事に熱中症で倒れそうになった。

子どもには水分補給をしなければと、しつこいぐらい水を飲ませて、カートに乗せて日陰にするためにタオルを掲げて、子ども&旦那さんは園内を走るシーサイドトレインに乗ったのを次の停車場所まで炎天下の中早歩きでカートを押してひたすら徒歩。

「なんか汗がすごいな今日。

ああ、暑いな今日。

日陰に移動しよ・・シーゴーランド?あ、じゃあチケット買いに行こう。

シーゴーランドなら日陰になるかな、あ、嘘でしょ、斜めに日差しが当たる・・・・・・。暑い暑い暑い」と心の中で思っていた。

そして、シーゴーランドから降りた途端、震える手。脳貧血のようにくらくらする頭、視界。

一瞬でこれはやばいヤツ! と思い、旦那さんに子どもを預け、早歩きで日陰へ。

冷たい水を頭からかぶって、タオルに冷たい水をかけて、ワキ、首、カラダを拭き、アクエリアスをがぶ飲み。

これで復活しなかったら、まさかの救急車? そんなことにはなりたくない! ここ茨城! 家から遠い! 何故あの時しっかり水分補給しなかったのだ・・・・・・と死んだ目をしながら走り回っている子どもを眺めること30分・・・・・・。

手も元に戻り、カラダが涼しく感じて、こころからホッと一安心。

海やプールで日焼け沢山して、こんがり焼けてるし、太陽への耐性はあるよねとか謎の自信があったけれども、高気圧はVenus達の交差点、そう、太陽は罪なヤツ。そんなことお構いなしに無理をしたツケからうっかり倒れる間際になってしまった。所ジョージも言ってたじゃないか。バカ!大いに反省。

夏は危険がいっぱい。本当に気をつけよ。

メガネ人生を振り返る母

小学生のころ、視力が悪くなりメガネをかける生活になった。

理由は、メガネがかっこいいと思っていたため、悪くなるであろうことばかりを実践。兄とファミコンゲーム、漫画、テレビ。そして極めつけは暗闇の中で本を読むを続ける! 数ヶ月、目出度く視力が下がり、晴れてメガネ生活へ!

目〜悪くなっちゃったよ〜メガネかけなきゃ〜みたいな超絶ださい子ども。恥ずかしい。選んだメガネは、赤のメガネ。まじひどい。

ウキウキしながらメガネをかけて学校へ。担任の先生が、「今日からメガネなんだね。じゃあみんなに言おうね」

朝の会の後、前に呼び出されて“今日からこいつはメガネ宣言”。

するとどうでしょう。その日からメガネザルといじられる遊びが発生。
「メガネ〜は〜かお〜の〜いちぶ〜です〜♪だか〜ら〜とうきょうめが〜ね〜♪」をご丁寧に歌う男子。

小学生も3年になれば、その頃は男子女子の仲は最悪。一緒に遊ぶ、ということが出来なくなるそんな時期。

そんな中先生がぶっ込んでくれた、アイツメガネだぜという壮大な前振りは茶化すことに命をかけてる男子にヒット。

ことある毎にメガネと言われ、うるさいゴリラ!といいあう小学生ならではのコミュニケーションが成立。

ここまでして、あんなにかっこいいと思っていたメガネも、中学生になるとださいアイコンに・・・・・・そして、コンタクトレンズへ。
視界が開けた悦び、そして後悔する。「何故あの時目を悪く・・・・・・」

その後社会人になって、レーシックブームに乗り、レーシックを施術。その後順調に裸眼生活を謳歌。

この間、“宣言”をしてくださった担任の先生に再会したので、あの前フリでメガネザルだよ!って酔いながら報告し、馬鹿にしていた男子も思い出して、みんなで大笑い。

メガネストーリーを振り返り思ったことは、目が悪くなる=かっこいいという謎のあの考え、これだけは息子に遺伝せずに成長してほしいと強く思う。

ひたちなか海浜公園にいった親子

海浜公園、それは魅惑の地。

休みの日、国営ひたちなか海浜に去年のGWぶりに行ってきた。

去年は生後4ヶ月、絶賛寝不足中&産後ガルガル期というメンタルおよび肉体的にもおかしい時期に行ったものの花のキレイさを愛でる余裕もなかった。

今年はもうご飯も普通に食べられるので、大した不安もなく仕事の旦那を置いていき、飼い犬3匹と爺婆でGO!

夏休み明けだし、道路もがらがら駐車場ついても大して混んでいない。

丁度よい日差し、天高く馬肥ゆる秋!秋、好きだーーー!

国営ひたち海浜公園 – 海と空と緑がともだち。ひたち海浜公園は、茨城県ひたちなか市にある国営公園です。

園内は広い。子どもはベビーカーには乗らず、犬用のカートに犬達と一緒に移動。

昼は焼きそばを食べ、何しようかと思ったら園内を走るシーサイドトレインに夢中。
「とましゅ」と言っている・・・・・・トーマスだと思っているのね。

無料かと思ったら、大人は一日乗り放題で500円。500円・・・・・・。

とりあえず私と小声で「シュッシュッ」と言っている息子と二人で乗る。シュッシュッって言っているから楽しいんだよね?

到着先はプレジャーガーデン!のりもの沢山!前回来たとき、大きくなったらいいかもなって思った記憶が呼び起こされた。

でも1歳8ヶ月、無料とはいえ乗れるもの限られているな〜。付き添いの大人が、それぞれ300円〜500円。
パスは3200円(HP割引印刷すると2800円)。

反応をしめしたものに乗ってみた。

●(稲中死ね死ね団の)のりものパンダ

乗り始めて、前を向いた先にアンパンマンの自販機を見つけて、アンパンマンしか目に入らなくなり途中で爺だけが乗るシュールな絵面で終了。

●バッテリーカー

トーマスのキャラ、アンパンマンのキャラなど子どもがロックオンするキャラが勢揃い。息子も夢中になり3回乗る。乗り足りなくて1グズリ。

f:id:stimpy0106:20170911113144p:plainドキンちゃんに乗っている爺と孫。他にファミリーが沢山いるので単独の写真撮影が至難の業。

 
●SEAゴーランド

メリーゴーランドの魚貝類バージョン。馬がイルカ等になっていた。だっこして登れなかったので、ホタテの貝殻で横になるスタイルのに乗る。
乗った途端、ものすごく不安な顔つきに。外に居る爺婆に弱々しく手を振り終了。

ここで熊さんカステラなるものを買い、年配組も疲れてきたことから、帰路につく。

帰りの車、疲れているから寝るかと思いきや、興奮冷めやらぬご様子の息子、
常磐道の流山付近でようやく就寝。

今度はパスを1枚買って(母やジェットコースターに乗りたい乗りたい乗りたい)、閉園まで楽しんでもいいかな。

酒を飲むと寝られなくなる母

同窓会があった。

卒業以来会う友達も居て、お前誰だ?状態。適度な緊張感、これは飲むしかない。

久しぶりにお酒を飲んで飲んで飲んで、幹事だったこともあり2次会も参加。

妊娠前は記憶がなくなることもしばしばあるぐらい、お酒に飲まれることが多かった私、
久しぶりのウーロンハイにこんなに旨かっただろうか・・・・・・とぐいぐいぐいぐい。

さすがにフラフラにはならなかったが、日中子どもと外で遊んだ疲れもあって、すぐ寝ようと思うも寝られない。

楽しかったから興奮状態だし、寝られないのかなと思いつつ、LINEで同級生と会話したり、友達と話をしたりと、気がついたら午前2:00。

さすがにヤバイと思いつつ目をぎゅっとつぶって寝ようとするも、浅い眠りのせいか夢と現実のふわふわした感じで数時間後、まさかの息子が久しぶりの5時起き。

まだ抜けきらないウーロンハイ、死人のような顔をして起きる母、早くトミカを出せ、DVDをかけろと元気な息子。

日中はまさかの午後に二日酔いが来て、年齢の衰えをひしひしと感じて、死んだように夜の8時には就寝した。

以前からそうだったけれど、お酒を飲んだらなかなか寝られなくなりそして眠りが浅いのは何故だろう。あと飲んだ翌日のだるさたるや。

産後のお酒との上手なつきあい方がわからないぞ・・・・・・。

腰を痛めた母

タイトル通り。

立った体勢のまま、子供を抱っこしようとして、腰に走る激痛。

あ......やばいかも。これが一昨日夜。

会社の椅子に座ってたら痛い。これが昨日朝。

行きつけの鍼灸医院をシュババババッと予約、体全体の疲労がピークに達して腰痛めたからできるだけ温めて、いまは快調でもまた痛み出すから、安静に...と、医院長。腰痛の人は、肩甲骨が入らないほどガチガチになってるのと、お尻の筋肉がガチガチになってるから、この辺を毎日ほぐすといいとのこと。
身体は完全復活。鍼の瞬発回復力はすごい。恐ろしいほどに。これだから鍼灸がやめられないのよねえ。
これが昨日夜。

で、今朝、おお、起き上がるのが楽。が、座ってるのは昨日よりましだけど痛し。
そんな中、息子は抱っこをしてくれない母へ怒りの咆哮。

そうだよね、でも、もう少し治ったら抱っこするから待ってておくれ......